「次世代の環境」についてふと思う。

過去2020年5月6日に書き留めていた、記事をピックアップしています。


コロナが蔓延して以来、世界各国で行われているように連日メディアから報道されている新たなる展開・進展の流れを考察してみた。


特に「新たな生活様式」とは、ニュースやメディアなどで紹介されているが、元の生活に戻ることが前提ではない対策に思えるのだ。

望まない環境として人と人の距離を意図的に根絶出来るのか不思議に思えるのだ。

原始人の様に狩りをして食べている時代ではない限り、食べていける事、個人の収益性が保全さない限り経済の再開と言える需要と供給の実経済の目線ではないと思える厳しさを、この数か月以上続くと思えば多くの企業や個人規模で苦悩の味わなくてはならない状態なのだろう。
民間との距離感がいっそ変貌したのだろう。

救済が前提でなくなった時代に、生き延びる為の救済場所への信頼や忠誠を置く環境がより身近な環境で確率しなくてはいけなくなってきた事。

助け合いまたは、柔軟な社会性とは金銭を抜きにした生産性やサービスにおける環境に身を置くこと、食べていける環境に転職を遂げなくてはならない状況が多くの進展状況に盛り込まれるのだろう。


それでいてメリットもあるのだろう社会活動を通して、好き嫌い関係なく必要不可欠だった人間関係だか、リモートワークの世界では、嫌いな人間関係や不効率なシステム社会からの解放され「抑圧」な環境から救われた人達も沢山いる事と思えるのではないだろうか。


個人の世界が社会的集団より「優れた環境」であり、尚且つ今まで以上に快適性や収益性に富んだ環境として確立し始めれば、理想的な個人の環境の自立は更に加速していくのだろうと思う。

社会と離れた個人意思の在り方なのだろう。社会の目を気にすることなく、その実力主義を発揮出来る、マインドとスキルが個別化することでより際立つ。

個人の才能を求める子供の教育を、最近親御向けに紹介されている事を伺うと必然と実社会の在り方とは、実力主義に少しづづ変容しているのだろう。もとより実力主義であると捉えられているかどうか、個人の価値観である事は確かなのだ。まだこの国では実力主義と言う言葉に懸念や忖度さえ伺える。


”現状本来社会で働く労働とは、一部の個人を除き、個人の環境を豊かにする基板だったが、万人が平等に豊かになる為に目を光らせてくれている環境ではなかったこと。”

それをさらにこの時点で必要不可欠に個人の環境を整える流れは、本来なかなか急変し目でや耳に入ってくる情報までは程遠い段階なのだろう。

どうだろうか、個人の環境が整えば整うほど、本来理想とする万人が平等かつ豊かになれる、そんな環境のインフラとなるのではないだろか。

実力主義と言う確立した背景に、必要不可欠なバックグラウンドがあるのであれば、もしかすると個人個人が確立した環境が繋がる世界ほど、その威力に効果が見れるのではないだろうか。

個人の収益だけ、個人の成績だけではなく。個人個人の収益や個人個人の成績の在り方にいち早く寄与し続ける事で、それは個人と言う確立した理想の実力主義に繋がるのだろう。


さらに現在コロナの影響によって親の給与が10~20%カットの時代、進学の道や高額給与の働き口などが難しくなってきたこと、給与を沢山もらう為の活動から、人が人をより良くしていく環境に価値が置かれ、分配し生きぬく活動が救済として著しいながれなのだ。

面白いことに築かないだろうか、分配し合う事で、個人の環境が整うこと。そして環境しても万人平等の理想が描きやすくなること。


縦からの供給の流れが横の流れに変わるのであれば、収益に関係なく流れは、やはり「個人の知恵やスキル」に目が行く為に分配されるなら理にかなっていると言うことなのだろう。


この先はより実社会ではストレス性が高い集団社会より、個人スキルの進捗には欠かせない環境として、まず「楽しい環境が個人に」与えられるとされている。

求める人の心理環境も根拠に非テクノロジー環境も同じ条件だかこの流れを組んで見て考えると、促進してくれるのはテクノロジーが先かそれとも感情から求められる人の思考の進化か、どちらだろうか。

楽しさ通じて個人のスキル拡張を促進するテクノロジーによって
この「個人活動・環境」「個人スキル」「楽しむ」「テクノロジー」が寄与した形が進展していくこと。
まず楽しむ事は、「脱ストレス」の環境が大前提で行われる。

ここ数年で習い事の需要は「健康維持」「ストレス発散・気分転換」「身体を鍛える、体づくり」などの項目が海外・国内共に上位だったことはご存じだと思うが。
特にヨガやフィットネス環境の促進は凄いことに、実にその他の習い事を上回り国内人口は約770万人、年増加ペースは約100万人だそうだ。


まず落ち着くことから始まり楽しめる人が増加しているのだろう。

さらにこうした環境は最先端テクノロジーを搭載した指導プログラムやアプリが増加していること。ジムではなく「個人活動・環境」なのだ。そして進化は感情から求める思考の進化なのだろう。


それでいて仮想インストラクターの登場するWEBGYMアプリやより集中したい人向けにVR瞑想を進めるJEEVAHなどのスマートウォッチが既に進展していること。

インストラクターが3DモデルAR(拡張現実)での登場や、さらにVR(仮想現実)やMR(複合現実)など用いた環境で「楽しむ」「テクノロジー」が行う事で、より個人の時間を楽しむ普及と促進を促している。好みのアーティストやアイドルが登場すれば更に面白い環境になるのだろう。


テクノロジーがあって初めて、アートや音楽業界がこうした最先端の取り組みの環境下で、より楽しく「個人の環境・スキル」に目覚め促進していく意味を考えさせられるが、無くても本来は楽しめたのだが、不思議なタイミングなのだ。

現時点で個人環境が大切である認識を持つために人が心身共に健全である為に、体を動かす分野と心が落ち着く分野これらの分野から総合的に価値を増大し大きく進展していくのだろう。


それでいて何故ヨガやフィットネスに目覚めるのか?

心の安定とやすらぎを得るものだとしても、気を付けないといけないのは、またそうした本質を見失い、また需要において「ゲーム性が強く、面白いもの」「ファッション性が高く、目新しいもの」を追求すれば、はじめは消費者もサービスに飛びつくかもしれないが、早期的な飽きが訪れ、業界全体がサビついてしまうだろう。「抑圧」実社会の同じ過ちなのだ。

それはこの国の癖なのだろう、「本質に触れれない、本質を知れない」恐れを深堀が必要とされるからなのだろう。


それも今まで健康週間が全くない実社会であったことが全てであり、大きな進展に欠かせない基盤として、これからは長期的に何より心穏やかに過ごせることが健全な経済の再開なのだろう。


面白い相関関係は、求められるテクノロジーが進展はするが実社会と共に人が求める需要は実に穏やかな人間らしいものなのだろうとふと思うのだ。

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