「幸福へ進化する過程」についてふと思う。

過去2020年5月12日に書き留めていた、記事をピックアップしています。


「幸福」が平常時なら、不幸は人生において副産物なのだろう。

また自身「不幸」は「幸福」に必要なバネと思えるのだ。不幸を消化していると思えると嬉しく思えるからなのだ。

常に相対した関係性として、「幸福」と「不幸」存在しているからなのだろう。

それでいて、自身の副産物となるべくものは、すべて排除するもの?と不幸の種を無すことを考えるものいるだろう。

どう認識するかで不幸を幸福にも変えれるものだろうか?

不幸の対処は誰にも教わることもなく、誰かの例に習った事もあれば、他人を真似ただけのものもあるはず、自ずと考えた答ではない限り不満が増えるだけ、また幸福も与えられた物、環境の中なら満足は続かないだろう、一人で幸福になれるにはどう考えるか?


千差万別「人格」から「気持ち」そして大局的に「人生」にも変化や進化にはパターンがあるとされている。

サルから人になる流れや宇宙人から人へなる流れや、人と人の世界、人が人を作り上げ続けて来た流れは過去より何1つ変わらない。

変化や進化のパターンをもたらす余韻とは、もはや決まっているのだろうと思えるのだ。


”変化や進化のパターンとして存在する法則があるとされる。”

氷の結晶は水蒸気が冷やされ、氷の結晶として形をなす時、エネルギーが放出される。その形が六角形として成形される。形成されまた水となってまた溶けていく。

この流れをいく通りも繰り返す。

過去に溶けたものも同士、また同じ水として拡散されまたエネルギーが放出され成形される。


“繰り返えされるループであるが同じような結晶は何一つとして成形されない。” 

この進化の過程は、人の世界でも同じとされている。

時代の流れにおいても、この流れの法則によって人は進化しているのこととされている。

この法則によって同じ工程において、同じものは何1つとして生まれないこと、新たなものが生まれるとされていること。

地球を1から始めたとしても、再び今に至ることはないとされている。

毎日1分、秒単位の出来事は、ほぼ再現性0%に近い貴重な体験を共有しているのだ。


何が起きて進化するのか。

例えば白が繰り返しエネルギーを放出する中で赤が新しいく形成されたとしよう。

過去にあった白と現時点で、白に反する赤が有るように、繰り返されるループの中で必ず「中和」され。

次のエネルギーの放出として新たなピンクが生まれる。その進化の過程において、繰り返される「ループ」は、雪の結晶と同じように繰り返されエネルギーの放出の中で、互いに「中和」され新たな色として生まれる。「中和」なのだ。


流れは何一つと変わらないのだ、ここで大事なことは「抵抗分子同士」が繰り返す中で多様性となり エネルギー放出を無限に繰り返すこと。

進化は突然と必然的に生まれることなのだ。

個繰り返し行われる「抵抗分子」の中から、より良い「多様性」を見つけることこそ。「新たな進化の過程」において必要不可欠な要素のなるのだ。

この進化までに至る成形期間を「ゆらぎ」の期間とされてる。


人の心情でも例えれるのだろう。不安や不満、遺憾や偏見の間とは、不幸とした「抵抗分子」とのエネルギー放出期間である。

そしてその「抵抗分子」からより幸福になれる作用が、本来あること。

「ゆらぎ」として、本来新たなもの気持ちを「創造」される間、不安定なエネルギーを蓄える期間なのだろう、新しいものとして、時代や人、人格までも新たなものとして形成するとされている進化の法則なのだ。

そこに必要なものは「中和」なのだ。


人が足らないもの、臨むものを欲するように、また対抗するものの中に、人として形成される学びがあるのだろう。

それが「中和」なのだ。

一遍した、進化とは、進化ではないとされるだけに、変容が完了した状態、「中和」された状態なのだろう。片方だけの進化は進化ではないとされるのだ。

不安要素や遺憾など踏まえ考えると自分が抵抗分子だとしても、同じ思考をもった後世の人が抵抗分子から学び更に進化していく、何故なら進化において不足を補い強固としていく遺伝子連鎖なのだろう、その「集約」されるつつある期間が「ゆらぎ」の期間、法則性として、「中和」し新たな時代の流れに進化していくことなのだ。

バージニア大学の研究によると「幸福度がより高い」人は、体験や経験を長期的に、他者と共有する時間が長ければ長いほど「幸福度は高い」とされる研究結果がある。

一時的なサイクルを用いる行動に「幸福」を求める被験者の幸福度が低い傾向があるのだ。


この流れを現代に置き換えて考えると、これまでに伏せてきた事や対極にあったものこそ、進化において「融合・集約」され、これからはその対極するものが、より多様的に隔てが無いほど、「幸福」に近づける「進化」が起こりやすいのだろう。

「ゆらぎ」を経て新時代の流れを成形していく人となってゆくのだろう。


今現在において人体として人格としても、やはり進化しているのだ、乳幼児においてもそれはこれからも理解力や言動力、身体能力、想像力などこれまでの人が非難してきた事が簡単に出来てしまう、これらはDNAや遺伝的なものも含め時列的に進化した人格が既に形成されて来ているだけに、多くの「中和」が行われて来た結果なのだろう。

「真似る」ことではなく多様性と「中和」する、出来る能力が高いほど、もしかすると、より幸福度が高い、「幸福に進化」出来るのではないだろうかとふと思えるのだ。

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